【沖縄】翁長前知事の県民葬 約3000人が別れ惜しむ 菅官房長官が追悼の辞、「帰れ」のヤジが上がり一時騒然となる

238pt   2018-10-10 11:00
さきがけ芸能まとめ


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翁長前知事の県民葬に3千人 参列した菅長官に怒声  朝日新聞
(出典:朝日新聞)


菅義偉 (すが よしひで、1948年12月6日 - )は、日本の政治家である。自由民主党所属の衆議院議員(8期)であり、内閣官房長官(第81代・第82代・第83代)、沖縄基地負担軽減担当大臣、拉致問題担当大臣である。 横浜市会議員(2期)、総務副大臣(第3次小泉改革内閣)、総務大臣(第7代)、内閣府 40キロバイト (5,045 語) - 2018年10月3日 (水) 11:42


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(出典 www.kantei.go.jp)


【沖縄】翁長前知事の県民葬 約3000人が別れ惜しむ 菅官房長官が追悼の辞、「帰れ」のヤジが上がり一時騒然となるについてまとめてみた

(出典 【沖縄】翁長前知事の県民葬 約3000人が別れ惜しむ 菅官房長官が追悼の辞、「帰れ」のヤジが上がり一時騒然となる)

1 ばーど ★ :2018/10/09(火) 20:05:10.89

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(出典 www3.nhk.or.jp)


沖縄の基地負担の軽減を訴え続け、8月に死去した沖縄県の翁長雄志前知事の県民葬が9日、那覇市で行われ、玉城知事や菅官房長官ら、およそ3000人が参列して、生前の功績をたたえ、別れを惜しみました。

ことし8月、すい臓がんのため67歳で死去した翁長前知事は、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設阻止を県政の最重要課題に掲げるなど、沖縄の基地負担の軽減を訴え続けてきたほか、子どもの貧困対策などに取り組みました。

こうした翁長前知事の功績をたたえるため、県民葬が9日、那覇市で行われ、およそ3000人が参列しました。

この中で、先の沖縄県知事選挙で当選した玉城知事が「翁長さんは名護市辺野古に新基地は造らせないことを県政運営の柱に掲げ、国と対じしながらも沖縄の民意を強く訴え、多くの県民の共感を得た。われわれ沖縄県民は、遺志を引き継ぎ、若者たちに平和で豊かな誇りある沖縄を託せるよう努力し続ける」と式辞を述べました。

続いて、菅官房長官が安倍総理大臣の追悼の辞を代読し、「翁長前知事は、文字どおり命懸けで沖縄の発展に尽くされ、ご功績に心から敬意を表する。政府としても基地負担軽減に向けて一つ一つ確実に結果を出していく決意だ」と述べました。

一方、この間、複数の参列者から「帰れ」などのヤジが上がり、一時騒然となりました。

そして、長男の雄一郎さんが「残念ながら病に倒れはしたが、家族には常々『人生に悔いはない』と言い続けていた。父が生涯を悔いなく走り続けることができたのは、関わってくださったすべての皆様のおかげです」と謝辞を述べました。

このあとに行われた献花では、一般の参列者が長い列を作り別れを惜しんでいました。

■稲嶺元知事「思いありすぎる」

稲嶺惠一元県知事は「翁長さんへの思いはありすぎます。翁長さんは保守を貫きながら、基地問題は沖縄だけの課題でないと訴え続けて亡くなられた。立派だったがつらい人生でもあったと考えると万感の思いだ。日本全体に翁長さんの思いが通じることを心から祈っています」と話していました。

また、菅官房長官が「沖縄へのこれ以上の基地負担は是認できない」とする追悼の言葉を述べたことについて「私が知事のころは、沖縄のことを考えてくださる政治家はたくさんいたが、時代の流れか変わってきた。沖縄としては、これからの1つの大きな課題として、もっと強く訴え続けることが大変重要だと思います」と話していました。

■元那覇市幹部「市民の望み絶えず考えていた」

翁長前知事が那覇市長を務めていた時に新しく設置した「市長公室」の公室長や総務部長を歴任した宮里千里さん(68)は「市民が何を望んでいるかを絶えず考えている人でしたし、県都の市長として、沖縄をまとめたいと当時から思っている人でした。基地問題の解決など、翁長さんのやりたいことは多くの人が関わらないとできないことなので、県民の1人としてやっていきたい」と話していました。

また、翁長前知事が自民党県連の幹事長だった際に、県連会長だった稲嶺県政の元副知事、嘉数昇明さん(76)は「高校の同窓生でもあり、政治家としても苦楽をともにした人だった。私もそうだったが、彼も中央の下請けではない、地元に根ざした政治家であろうとし続けた」と話していました。

■元学徒 中山きくさん「平和な沖縄を」

※省略

■県民の反応は

県民葬の会場の外には会場内を映すモニター画面と、およそ500の座席が用意されましたが、すぐに満席となり、少なくとも200人を超える人は、立ち見でモニター画面を通して、県民葬の様子を見ていました。

このうち、小学生と中学生の息子を連れて来た那覇市の50代の母親は「沖縄のために尽くした翁長さんに敬意を表したいと思って来ました」と涙ながらに話していました。

また、南城市から来た60代の男性は「保守・革新を超えて県政を運営した翁長さんは、道半ばで残念だったと思いますが、その思いは私たちで引き継ぎたいです」と話していました。

このほか、5か月の娘を抱いて参列した30代の女性は、翁長さんと同じ那覇市の大道地区で生まれ育ちました。「那覇市長時代から応援していた偉大な政治家で、誇りでした」と話していました。

2018年10月9日 17時49分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181009/k10011664751000.html


(出典 【沖縄】翁長前知事の県民葬 約3000人が別れ惜しむ 菅官房長官が追悼の辞、「帰れ」のヤジが上がり一時騒然となる)


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